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FC業界の著名人|ヤマトホールディングス社長の木川眞の経歴は?

FC業界の著名人|ヤマトホールディングス社長の木川眞の経歴は?

宅配便の最大手といえば、皆様ご存知の”ヤマト運輸”ですよね。

最近では通販サイトの普及やフリマアプリの浸透によって、宅配便を利用する機会が増えた方も多いのではないでしょうか。

ただ届けてくれるだけでなく、クール宅急便やスキー宅急便など状況や利用目的に合わせた様々なサービスが利用できるのも特徴です。

そんなヤマト運輸の社長やヤマトホールディングスの会長を務めていたのが木川眞さんです。

今回はヤマト運輸元社長、木川眞さんの経歴やプロフィールを詳しくご紹介していきます。ぜひ御覧ください。

【ヤマトホールディングス】木川眞社長のプロフィール

名前 木川眞(きがわ まこと)
役職 元ヤマト運輸株式会社代表取締役社長
元ヤマトホールディングス株式会社代表取締役会長
生年月日 1949年12月31日
出身地 広島県御調郡向島町
出身校 一橋大学商学部

ヤマトホールディングスの元社長、木川眞さんは1949年に広島県御調郡向島町で生まれました。

ヤマト運輸株式会社の社長や、その持株会社であるヤマトホールディングス株式会社の社長・会長を務めるなど、近年のヤマト運輸の経営の中心にいた人物です。

現在は、ヤマトホールディングスやセブン銀行、小松製作所などの社外取締役や社肥後銀行の社外監査役などを務めています。

出身が広島県、中学3年生までは広島県三原市で過ごしたことから”三原市ふるさと大使”も務めているため、地元愛の強い方なのかもしれません。

木川眞元社長の経歴は?

木川眞さんは昭和24(1949)年12月31日、大晦日生まれです。

現在の尾道市の向島である広島県御調郡向島町出身で、広島大学附属三原小学校・中学校に通い15年間を広島で過ごしました。

しかし1964年12月、父の転勤の都合により卒業を目前にして東京に引っ越し、1965年に東京都杉並区立高井戸中学校を卒業します。

高校は東京都立西高等学校に進学、1968年に卒業します。

東京都立西高等学校といえば現在も東京大学に多数の合格者を出している名門校であり、特に1960年代は都立高校の全盛期だったことを考えると、木川眞さんはこの頃から相当学業で努力されていたのだと思われます。

高校卒業後は一橋大学商学部に進学、経営の勉強を本格的に始めるようになったのがこの頃です。

みずほ銀行で経験を積む

大学卒業後はいきなりヤマト運輸に入るのではなく、一旦銀行業界に入りかなり長い期間経験を積むことになります。

木川眞元さんは1973年に一橋大学を卒業後、現在は3大メガバンクとなっているみずほ銀行の前身の1つである富士銀行に入行します。

富士銀行は安田銀行が商号変更した銀行であり、特にこの頃は業界でもトップクラスの銀行でした。

そんな国内でも有数のエリート企業に就職した木川眞さんは着々と出世をしていきます。

就職した当初は銀行の影響力も大きく、1980年代はバブル景気もあったことから入行後しばらくは安定して仕事をすることができていたようです。

しかし1990年代に入りバブル崩壊が起こると富士銀行も危機的状況に陥ります。

木川眞さんは1996年に富士銀行総合企画部副部長、1998年には人事部長、2001年には執行役員人事部長という重要なポジションを任されるようになりますが、この数年間は危機的状況にある富士銀行をなんとかしようと仕事に追われていたようです。

2002年には富士銀行・第一勧業銀行・日本興業銀行の合併によりみずほコーポレート銀行が誕生したことをきっかけに、みずほで常務執行役員リスク管理グループ統括役員と人事グループ統括役員の地位につくことになります。

このように大学卒業後の30年間はずっと銀行業界で働き、経営に関するスキルを身に着けていたようです。

ヤマトホールディングスに移動し、社長に

その後、2005年にヤマトホールディングス代表取締役常務となり、同時に傘下であるヤマト運輸常務取締役グループ経営戦略本部長に抜擢されます。

銀行業界から宅配便業界と少し毛色が違う業界への移動だったため物流についての勉強は必要だったものの、銀行業界で培った経験を活かし、ヤマトでも数々の重要な仕事をこなしていきます。

そして2007年にヤマト運輸株式会社代表取締役社長、2011年にはヤマトホールディングス株式会社代表取締役社長となり、ヤマト運輸の更なる成長を目指し経営を始めました。

この頃既にヤマト運輸は業界でトップクラスの地位にいたものの、市場は膠着状態にありそれ以上の発展が厳しい状況だったようです。

木川眞社長はそんな中でも状況の打開をするため、国内でも最大級の物流施設である「羽田クロノゲート」を設置するなど、積極的な姿勢でヤマトグループを経営していきます。

最終的にヤマトホールディングス取締役会長などを務めた後、現在は主に様々な会社の社外取締役として活動されています。

木川眞元社長の経営方針は?

実はヤマト運輸は1919年から続く非常に歴史の長い企業であり、木川眞さんが社長に就任した時点で9代目でした。

長い歴史を持つヤマト運輸に銀行業界からの移動だったもの、木川眞さんはしっかりとヤマトで受け継がれてきた経営思想を理解し、ヤマトの発展に繋げています。

例えば、今や当たり前となった”宅急便”を生み出した小倉昌男さんの思想で「サービスが先、利益は後」という考え方があります。

これは、まずはサービスの質を優先してお客様からの評判を挙げていれば、利益も後から必ず付いてくるという考え方です。

木川眞元社長もこの思想を忠実に受け継ぎ、ヤマトのサービスの質を上げること最優先で考えることにより、業界トップのシェアを守り続けることができたのです。

特に、通販サイトやフリマアプリの普及によって宅配便の需要が大幅に増したここ数年間でも、変わらず高品質なサービスを提供し続けることができてきるのも木川眞元社長の功績と言っても過言ではないでしょう。

料金改定で最高のサービスの継続へ

しかし、ここ最近では通販サイトでの送料無料が当たり前になってきたことや、時間指定配達や再配達といった仕事の増加がかなりの負担になってしまっていました。

そこで、木川眞さんが会長の時に踏み切ったのが27年ぶりの価格改定です。

ネット通販の拡大やそれに伴う仕事の増加により人手不足が発生し労働環境が悪化していたことも踏まえ、サービスの質を保つための措置でした。

いくらサービスが先と言っても安ければ良いというものではなく、しっかりと社員の労働環境を守った上で高品質なサービスを提供することが大切だという、社会のインフラを担う企業としての判断だったようです。

このように、安さだけを重視せず本当に高品質なサービスを目指す経営方針こそが、木川眞社長が評価されている要因なのではないでしょうか。

【ヤマトホールディングス】木川眞社長の経歴まとめ

いかがでしたでしょうか。

木川眞さんは、実は非常に長い歴史を持つヤマト運輸の9代目社長となりましたが、ヤマトが今まで築いてきた実績や経営理念をしっかりと受け継いで経営されていました。

最初こそ銀行業界で活躍されていたようですが、その頃の経験も現在の経営に存分に活かされているようです。

木川眞さんは現在社長を退任していますが、通販やフリマアプリで宅配便の重要度が増した今だからこそ、これからもヤマト運輸の経営には注目していきたいですね。

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