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FC業界の著名人|東進ハイスクール社長の永瀬昭幸の経歴は?

FC業界の著名人|東進ハイスクール社長の永瀬昭幸の経歴は?

東進ハイスクールと言えば、超有名講師陣による授業が特徴の国内でもトップクラスの東京大学進学率を誇る予備校です。

フランチャイズの東進衛星予備校でも有名講師の授業がオンデマンドでいつでも受けられるとあって、全国で広く利用されている大手予備校でもあります。

今回は、そんな東進ハイスクールなどを経営する株式会社ナガセの社長、永瀬昭幸さんのプロフィールや経歴などを詳しくご紹介していきたいと思います。

【東進ハイスクール】永瀬昭幸社長のプロフィール

名前 永瀬昭幸(ながせ ゆきあき)
役職 株式会社ナガセ代表取締役社長
生年月日 1948年9月
出身地 鹿児島県垂水市
出身校 東京大学経済学部

株式会社ナガセの社長、永瀬昭幸さんは1948年に鹿児島県垂水市で生まれました。

やはり教育関係の事業を展開しているだけあり勉強は得意のようで、東京大学経済学部の出身です。

ナガセと言えば大手予備校”東進ハイスクール”を経営していることで有名ですが、その他にも様々な会社をグループ企業として所有しています。

例えば学習塾”四谷大塚”や”早稲田塾”、スイミングスクールの”イトマン”なども株式会社ナガセの傘下であり、どれも永瀬昭幸さんが代表取締役社長を務めています。

もともとは小さな学習塾が始まりでしたが、今や様々な事業を展開している”ナガセグループ”の社長として知られています。

永瀬昭幸社長の経歴は?

永瀬昭幸社長は1948年に鹿児島県で生まれ、全国でも有数の進学校、ラ・サール中学校・高等学校に進学しました。

小学生の頃から東大に入ることを憧れていたと語っており、数学教師をしていた父親のアドバイスでまずはラ・サール中学に入ることから目指しました。

ラ・サールと言えば東大や京大に非常に多くの合格者を出していることでも有名な難関校であり、永瀬昭幸社長はこの頃からかなり努力されていたことがわかります。

しかし、ラ・サールのある鹿児島市と永瀬昭幸社長が生まれた垂水市は鹿児島湾を挟んだ対岸に位置しているため、毎日1時間かけてフェリーで通学していました。

フェリーは本数も少なく港からラ・サールまでも自転車で30分と通学環境は決して良いとは言えませんでしたが、フェリーの中でもコツコツ勉強を続け、最終的に東京大学経済学部に合格します。

この永瀬昭幸社長の東大への思いが、現在の東進ハイスクールの驚異的な東大合格者数に繋がっているのかもしれません。

東大入学後、私塾を立ち上げる

こうして見事東大に合格したものの、当時同じく東大に通っていた弟とお茶の水女子大に通っていた妹もいたためお金が無く、生活費も自分たちで稼がなければなりませんでした。

そこで永瀬昭幸社長が立ち上げたのが「ナガセ進学教室」という私塾で、これが現在の東進ハイスクールの前身となっているのです。

始めた当初はアパートの一室の小さな学習塾で生徒も少なかったものの、熱心な指導が口コミで評判となりたくさんの生徒が教わりに来るようになりました。

すると、最初は兄弟で経営していた塾も人が集まりはじめ手が回らなくなってしまったため、ラ・サール時代の後輩などを誘って経営するようになったそうです。

こうして段々と講師陣も非常に優秀な人材が揃い始めたことによって更に評判になり、立派な学習塾に成長していきました。

このような経験が、講師の質を重視する東進の経営方針に生かされているようです。

野村證券は2年で退社、東進ハイスクール設立へ

このようにナガセ進学教室は順調に大きくなったものの、1974年に東大を卒業したことを機にナガセ進学教室は後輩に任せ、永瀬昭幸社長自身は野村證券に入社します。

入社してすぐに本店の営業部に配属され重要な顧客を任されるようになるなど、野村證券内でもその手腕を振るっていたようです。

しかしある時顧客の一人から「5000万円を貸すから自分の会社を作ってみないか」と誘われたことにより、もう一度学習塾を経営することを決意します。

そこで、その5000万円を使いナガセ進学教室を母体とし、1976年に株式会社ナガセを設立、「東京進学教室」を開校します。

1978年には、この「東京進学教室」という名前を縮めて「東進スクール」という名前に改名。

東京進学教室・東進ハイスクールは小中学生向けの学習塾でしたが高校生向けの塾も欲しいという声が高まり1985年に「東進ハイスクール」を設立します。

現在は複数の企業を傘下に持つ大企業に

現在株式会社ナガセが経営するのは東進ハイスクールだけでなく、東進をフランチャイズ展開した東進衛星予備校などを始め様々な事業を展開しています。

2006年には小学生向けの学習塾「四谷大塚」を子会社化し、「全国統一小学生テスト」を開始。

2008年にはアイエスエス株式会社をグループ化することによりイトマンスイミングスクールも傘下に入れ、学習塾以外も広く経営するようになります。

2014年には更に早稲田塾もナガセの傘下にするなど、着々と業務を拡大し続けています。

永瀬昭幸社長自身はこれらの子会社の社長も務めるなど、現在でもナガセのトップとして活躍されています。

永瀬昭幸社長のフランチャイズ戦略

東進がここまで成長できたのはもちろん有名講師陣のおかげもありますが、それ以上にビデオ・オン・デマンドシステムを活かした革新的なフランチャイズ展開が大きな要因となっています。

オンデマンドによっていつでもどこでも何度でも、同じ質の授業を受けることができる東進の授業形態が東大合格者数1位を成し遂げていると言っても過言ではないでしょう。

少子化の逆境の中、革新的なシステムを設置

東進が東進衛星予備校を設置しフランチャイズ展開を始めたのは1992年でしたが、この頃は学習塾業界は危機的な状況にありました。

というもの、1990年代初頭からは少子化の影響で段々と受験生も少なくなり始め、特に浪人生の減少が顕著となっていました。

そこで東進は現役生中心の経営方針にシフトし、VOD(ビデオオンデマンド)という手法を用いることによって、この逆境を乗り越えようとしたのです。

永瀬昭幸社長は野村證券時代からフランチャイズ展開に興味がありましたが、オンデマンドによりどこでも同じクオリティの授業を展開できるようになったことから、革新的なフランチャイズ展開ができるようになったというわけです。

VODシステムは最初こそ講師からの反対などもあったようですが何とか説得し、現在では全国に約1000校が設置されるまでに成長しています。

フランチャイズ展開にマッチしていたVOD

また、このVODを使った勉強方法がフランチャイズや現在の受験生の状況に非常にマッチしていたのも東進の成功の理由となっています。

ご紹介した通り1990年代からは、受験は浪人生ではなく現役生が中心にシフトしていきました。

浪人生なら昼間から予備校の大教室で授業を受けられますが、現役生だとそうはいきません。

しかし、VODなら時間や場所を選ばずに授業を受けられるため、特に時間を効率的に使いたい現役生にはすぐに受け入れられました。

更に、VODなら授業を一度録画しておけば何度でも使えるため、様々なコンテンツや講座を多数用意するのにも向いています。

多数の講座を用意できればそれだけ細かなニーズに対応できるのも、VODの強みと言えるでしょう。

【東進ハイスクール】永瀬昭幸社長の経歴まとめ

永瀬昭幸さんがアパートの一室で始めた私塾は、講師の質を重視した経営によって現在大手予備校の1つとして知られる東進ハイスクールとなるまでに成長しました。

更に、現在は当たり前となったVODシステムをいち早く取り入れることによって、有名講師の授業をいつでもどこでも見られる東進衛星予備校を全国に広めることにも成功しています。

いかがでしたでしょうか。

新しい時代の需要をいち早く捉え、それに合わせた経営戦略を取るやり方は参考にしていきたいですね。

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