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FC業界の著名人|タニタ食堂社長の谷田千里の経歴は?

FC業界の著名人|タニタ食堂社長の谷田千里の経歴は?

最近では「タニタ食堂」でも有名な計測器メーカーのタニタですが、現在社長を務めているのが三代目の谷田千里社長です。

計測機器メーカーの社長ながら調理師免許や栄養士の資格を持っていたり、アミューズメント施設の企画・運営などを手掛ける株式会社ニュートンにいたこともあるなど、少し変わった経歴を持っています。

そんな谷田千里社長は、もともとただの計測器メーカーだったタニタから「タニタ食堂」を生み出すなど、非常に挑戦的な経営スタイルが特徴です。

今回は、谷田千里社長の経歴やプロフィールなどについて、詳しくご紹介していきます。

【タニタ食堂】谷田千里社長のプロフィール

名前 谷田千里(たにだ せんり)
役職 株式会社タニタ代表取締役社長
生年月日 1972年
出身地 大阪府
出身校 佐賀大学理工学部

株式会社タニタの社長、谷田千里さんは1972年に大阪で生まれました。会社の名前は”タニタ”ですが、谷田千里社長は”たにだ”さんです。

年齢はまだ40代と社長としては若いですが、その分様々な革新的な事業を展開し、縮小傾向だったタニタの事業を持ち直させた手腕の持ち主でもあります。

今はタニタ食堂の知名度が高いため「タニタ食堂社長」と紹介されることも少なくありませんが、正確には株式会社タニタの社長で、タニタはもともと体重計などを作っているメーカーです。

谷田千里社長は株式会社タニタの3代目の社長であり、千里社長の父でもある谷田大輔前社長の要望もありタニタの社長に就任しました。

千里社長には兄もいましたが、千里社長の挑戦的な性格が前社長に認められ次男ながら社長に就任したとのことでした。

ちなみに、谷田千里社長はゲーム好きとしても知られており、特にセガのゲーム「バーチャロン」の大ファンです。

好きが高じてバーチャロン専用のコントローラーである「ツインスティック」をクラウドファンディングを経てタニタで開発してしまうなど、会社を挙げてゲーム業界に進出してしまうほどアクティブな性格の社長のようです。

谷田千里社長の経歴

谷田千里社長は1972年生まれですが、タニタは1923年には創業していたので谷田千里社長が生まれたときにはタニタはかなり大きな会社になっていました。

しかし、千里社長は最初はタニタの社長どころが経営にすら参加する気が無かったと語っています。

というのも、千里社長は子供のころから創業者の息子としてタニタの社員から丁寧に扱われることや会社の経営について親族間で争いが起こるのが嫌だったため、早く自立して自分の力でお金を稼ぎたいと思っていました。

そのため、高校時代は立教大学の付属校に通っていたにも関わらず立教大学には進学せず、すぐに自立して生活できるよう調理師になることを志すようになります。

調理師を目指すも断念、経営コンサルタントを経てタニタへ入社

そこで、まずは高校卒業後すぐに調理師免許を取得しますが、不幸にも椎間板ヘルニアを発症してしまったため調理師になることができませんでした。

しかし、この時はまだ自立することへの思いは無く成っておらず、次は佐賀短期大学で教員免許と栄養士の資格を取得します。

資格の取得後は就職でも有利になるようにと、佐賀大学理工学部に編入し化学を学んで1997年に卒業しています。

卒業後は同年に株式会社ニュートンに入社します。翌年の1998年には株式会社船井総合研究所に勤務するようになります。

船井総合研究所は経営コンサルタントを専門的に行っている会社なので、結果的に経営についての知識を段々と身に付けることができました。

その結果、前社長をしていた父親からタニタに入社するよう頼まれ、2001年に株式会社タニタに入社します。

その後は2005年にタニタアメリカINCの取締役に就任、2007年は株式会社タニタの取締役という経歴を経て、最終的に2008年にタニタの代表取締役社長に就任し現在までその手腕を振るっています。

こうして経歴を見てみると最初は社長とは全く違った方向に進もうとしていてかなり異色の経歴と言えますが、最終的にはタニタを更に成長させた素晴らしい経営方針が評価されています。

社長就任後の谷田千里社長の経営

谷田千里社長の手腕が最も活かされているのが、皆さんも御存知の「タニタ食堂」です。

もともとタニタは体重計や料理用はかりなど健康に関わる計測機器を販売している会社だったため、『「はかる」を通して世界の人々の健康づくりに貢献していくこと』を理念としていました。

世界の人々の健康づくりに貢献するためにはまず社員が健康でなければいけないとして、1999年に社員食堂をオープンしました。

しかし最初は健康ばかり意識しすぎたせいで、この社員食堂の料理は全然美味しくないと不評だったそうです。

そのため段々と改良を重ねていくうちに、健康的かつ美味しい現在のタニタのレシピが出来上がっていきました。

レシピ本「タニタ食堂」が大ヒット

そしてある時、その社員食堂が情報誌やNHKで取り上げられたのが大和書房の編集者の目に止まり、レシピ本として出版されることになったのです。

こうして売り出されたレシピ本は「美味しい料理でダイエットができる」として大ヒットになり、そこに目をつけた谷田千里社長が外食業界への挑戦を決意したのです。

しかし、もともとタニタは製造業専門の会社で飲食店は全く別の業界です。

「タニタ食堂」として飲食店を開きたいという谷田千里社長の提案には会社内部でかなりの反対がありましたがなんとか説得し、2012年に丸の内に「タニタ食堂」を開きます。

結果的にタニタ食堂は大成功し、現在ではタニタ食堂をカフェ風にアレンジしたタニタカフェが全国各地に展開されています。

このカフェはフランチャイズでの出店が行われているため急速に店舗数を増やしており、タニタは今後もタニタカフェの店舗数を増やしていくと思われます。

このように谷田千里社長は、今まで製造業で安定志向の経営を続けていたタニタを外食業界に進出させるという非常に大きな功績を残しました。

「異色の経歴」を活かした経営戦略

調理師免許や栄養士の資格は異色の経歴として紹介されることが多いですが、この経験は結果的にタニタ食堂の経営に生かされることになりました。

また、経営コンサルタント時代に身に着けた効率的な経営方法もタニタの経営に活かされています。

最初こそ理詰めで説得しすぎて逆に反発されてしまったそうですが、タニタアメリカINC時代にしっかりと信頼関係を築く方法も修得したことで、最終的にはかなり挑戦的なタニタ食堂の経営の説得にも成功しています。

会社経営とは全く別の方向に進んだ谷田千里社長ですが、結果的にそれまでの経験全てが経営に存分に活かされているのがおもしろいですね。

【タニタ食堂】谷田千里社長の経歴まとめ

いかがでしたでしょうか。

タニタ食堂の谷田千里社長はかなり異色の経歴でしたが、それまでの経験をしっかりと経営に活かしタニタを更に成長させていることからも素晴らしい経営手腕の持ち主だということがわかりますね。

今までは製造業だけでやってきたタニタがいきなり飲食業界に参入し、更にはフランチャイズで順調に店舗数を伸ばせたのも谷田千里社長のおかげと言えるでしょう。

また好きが高じてゲーム用のコントローラーの開発も行ってしまうなど、この行動力そこが谷田千里社長の魅力なのかもしれません。

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